第4章 副章
生徒たちが手軽に持ち出しているクナイひとつでも、イルカはいつもより慎重に選んだ。忍の里で育ち、いずれ忍となることを疑ってもいなかった子どもたちにとって、クナイは包丁よりも身近な道具だ。しかし牡丹にとっては、まだ包丁の方が親しみやすいはずだ。いや、包丁すら握ったことがあるかどうか、怪しい出自ではある。
牡丹が作成したであろう座学の査察報告書は、今朝方、六代目の名でアカデミーに送付された。その内容に、教務室はまだ火の海に沈んでいる。国内の歴史や情勢だけでなく、他国の経済状況や文化まで鑑みた内訳は、どれ程の高等教育の賜物かと慄いた。閉鎖的な教育環境に新しい風が入るかと思っていた所に、骨格のみ残して焼き払われる結果となったのだ。
「お待たせしました」
クナイを手入れするイルカの背中に、息の上がった牡丹の声が届く。教務を焼け野原にした彼女は、その建て直しに尽力している。却って指定の時間に間に合った行動が、真面目な性格を表しているのだろう。
「急かしてすみません」
牡丹の息が整うのを待つように、クナイを揃える。
「いえ、私にとっては、こちらが本分ですから」
彼女は初等部の生徒よりもぎこちなく、クナイを掴んだ。