第38章 キスという手段
相当疲れていたようで、目が覚めた時には昼が近い時間。
手伝いに来いってお怒りの連絡があっただろうと予想して、スマホを見たけど一件のメールすら入ってなかった。
それが、逆に恐ろしくなって慌てて蛍のマンションに向かう。
そこには、すでに引っ越し作業をしていた蛍と、元同居人の面々が居た。
「君、重役だったっけ?」
その中で、真っ先に嫌味を言いに来るのは勿論蛍である。
他の人が手伝いに来るなら、私なんか来なくても良かったんじゃなかろうか。
先に聞いていれば、今日の手伝いは遠慮したのに。
本当に疲れてるから、休ませて頂きたい。
やる気がまるで無くなって、帰ろうとするけど。
「折角来たんだから、手伝って下さーい。」
そう上手く帰れる訳は無かった。
蛍に強制連行されたのは、寝室にするらしい部屋。
すでにベッドは組み立てられていて、後は空の棚に何かを入れるだけのようだ。
本とかなら良いんだけど、私の前に持って来られた段ボール箱の中には…。
あの紙袋が入っていた。
寝室に雑貨を飾るのか。
それを悪いとは言わないけど、絶対にわざとこの箱の整理を私にやらせようとしている。
今度こそ受け取れって意思表示だ。
分かっていても、受け取る訳にはいかず、飾るように棚に置く。
すぐに、私の顔の横を通った手。
取っ手を掴んで、胸の前に紙袋が浮いている。
「これ、りらのだから。」
背後から降ってくる声は蛍のもので。
言葉は何も返せず、受け取れない事だけを伝えるように首を振った。