第33章 episode0
‐月島side‐
あの人が、最近おかしいのは分かってた。
普通通り、笑ったり怒ったり、日常を過ごしてはいたけど、眼に感情が伴っていなかったから。
それを決定付けたのは、今朝。
赤葦さんが、出掛ける前に僕だけに聞こえるような声で言った一言。
「きとりさんから、目を離さないで。」
それだけで、彼女の不安定さが分かる。
この家じゃ、一番遠い筈の僕でさえ気付くくらいの違和感と、この言葉。
少しばかり騒がしくて、ちょっと苦手な人だけど。
家に住ませて貰っている限りは世話にもなっているし。
他に誰もいない今日くらいは仕方ない、と一緒に過ごしていた。
…ん、だけど。
もう、僕の方が限界。
電話にビクついて、一人で何かに耐えようとしている姿に、掛けてやる言葉が見付からない。
見ている方が辛くなってくる姿から目を逸らし、スマホを見るとアプリの通知が入っていた。
それは、木兎さんからの連絡で。
【台風で飲み会中止!帰りなんか買ってくか?】
今の僕にとっては、最大の救いだった。
何も買わなくていいから、何処にも寄らずに帰ってきて欲しい。
メッセージを返すより、電話の方が早いだろうと部屋から出てスマホを耳に当てる。
『おー!ツッキー、どーしたぁ?』
「どうした、じゃないです。買い物いりませんから、飲み会中止なら早く帰って…。」
そこまで言って、声が止まる。
リビングから、彼女が出てきて。
すぐ傍にいた僕になんか気付いていない素振りで、家から出ていった。
電話を怖がった彼女の前で、通話をしない方が良い。
その判断は、間違いだった。
『ツッキー?』
耳に当てたままのスマホから声が聞こえる。
何の返答も出来ないまま、通話を終了して、彼女の分も傘を持って家から出た。