第33章 episode0
‐赤葦side‐
あの事件の事を聞かれて、動揺はしている。
元からの、仕事をしない表情筋には感謝したい。
向けられている視線が、俺を探っているように感じる。
彼女の事を知っている、と気付かれない事を願って手を握り締めた。
その動きには気付かれてしまったようで。
目の前の人の目が手を見ている。
「あ、時計。着けてくれてるんだ?」
だけど、聞こえてきた言葉で動きに気付いた訳じゃないと分かった。
「…熊野さんからのプレゼント、無下に扱うなんて出来ませんよ。機能的で、気に入っています。」
少し笑うように表情を崩して、時計に視線を落とす。
喜んでいるフリをしたら、貴女も嬉しいでしょう?
「嬉しいな。大切な人が、私が選んだもの、そうやって扱ってくれるの。」
思った通りの反応。
いや、思った以上の反応。
満面の笑顔を浮かべるこの人は、俺の事を欠片も疑っていないのが分かる。
騙されやすそうなのは都合が良い筈なのに、心配になってしまった。
「…熊野さん、何で俺の事もそこまで大切にしてくれるんですか。」
俺は、貴女を騙そうとしているのに。
ただ貴女に取り入りたいだけなのに。
その本心を知らないにしても、知り合って数ヶ月の自分を大切だと、言い切れるのは何故だろうか。
「…輪っかをね、作りたいの。」
微笑んで返された答えの意味は、全く分からなかった。