第33章 episode0
翌朝、目が覚めた時にはすでにクロも木兎もいなかった。
何の形跡も残さず、挨拶もせずに帰られたから、誰かと一緒に過ごした昨日は夢だったんじゃないかとすら、思ってしまった。
それから、数日。
仕事を終えて帰宅すると家の前に人影。
足元には荷物が置いてあって、数ヵ月前にも見た光景。
「クロ。何しに来たの?」
「やっぱ、実家からだと学校遠いんだよ。」
「…この家、売るから。」
なんとなく意図は分かったけど、前回とは状態が違う。
理由付けして断ろうとした。
クロはばつが悪そうに頬を掻いている。
「あー…。その件、なんだけどな。…連絡、きてねぇの?」
「何の?」
言いづらそうに言葉を詰まらせながら喋る姿に不信感を覚えて眉を寄せた。
「…俺、契約書、不動産屋の前で破いてきた。」
「…は?」
返ってきた言葉は、予想が出来る範疇を軽く越えていた。
そういえば、あの日は不動産屋に行った後で。
リビングのテーブルに契約書を放置してたんだ。
無くしたから、再発行して貰おうと思ってたの、忘れてた。
置いてあったからって勝手に持ち出して、そんな事するか、普通。
「センパイ、まだ金受け取ってねぇだろ?だから、この家は、まだセンパイの物。契約書、無くなったら売買成立シマセン。」
あまりの出来事に言葉を失っていると、クロは数ヵ月前と同じく頭を下げた。
「センパイんトコ、もう一度住ませて下さい。お願いシァス!」
その威勢の良い声に笑いが込み上げてきた。
久々に声に出して笑って、それが収まると玄関を開ける。
「…おかえり、クロ。…また、宜しくね。」
やり方は褒められたものじゃないし、人が色々と考えて決断した事を無駄にしてくれた訳だけど。
私の為を思ってやってくれたんだろうと思うと怒ることも断る事も出来ずに受け入れる事にした。