第29章 ○○のような存在(黒尾エンディング)
隣の男から逃げたくて体を引くと、椅子からはみ出た体が誰かにぶつかった。
「すみませ…。」
顔を向けて謝罪をする言葉が止まる。
ぶつかった相手はトサカ頭こと黒尾さん。
私の運の悪さからいうと、当たり前の展開だった。
「…いや、気にしないで下さい。そちらこそ、大丈夫ですか?」
外面の良いその人はにっこりと笑って他人のフリをしている。
でも、私には裏がある時の顔だと分かった。
多分、怒っている。
「あ、はい。平気です。」
人前で揉める訳にもいかず、こちらも他人として返した。
「椅子ごと転んだら危ないから、気を付けた方がいーですよ。お嬢サン。」
当たり障りのない言葉を置いて、お手洗いの方へと黒尾さんは歩いていく。
それを見送るまで、このテーブルは静まりかえっていた。
酒の席だし、ぶつかった事をきっかけにトラブルになる場合もあるから、それで緊張したのだと思う。
少しずつ会話が再開されてきたと思ったら内容は、背が高いイケメン、だの、チョー紳士、だの、合コンでは有り得ない、この場に参加していない男性の事を言っている女子トーク。
男性陣は完全にドン引きだ。
女子達が盛り上がっている隙に隣の男に肩を抱かれて、2人で抜けないか、なんてお誘いを受ける。
勿論、行く訳はないけど普段通りの辛口な言葉を吐いたら後が怖くて、断りの言葉を考えていた。
早く答えないと、無言を肯定として連れ出されてしまう。
どうしよう、と思った時に鞄の中から着信音が聞こえた。
それを理由に男から逃れてスマホを取り出す。
表示された名前は‘黒尾さん’。
「ちょっと、電話してきます。」
断りを入れてスマホを片手にお手洗いの方へと向かった。