第26章 2度目のサヨナラ
私がついてきているのに気付いていたんだろう。
玄関で靴を履いてから、木葉さんが振り返った。
「…熊野。さっき忘れちまえって言ったが、これは忘れんな。必要ないって言葉をアイツ等に使うのは止めろ。
お前を傷付けた俺と、お前を護ろうとしてるアイツ等は違うんだから。」
悲しそうな顔をしている。
何も、言えない。
私が木葉さんの傷を抉ったんだから。
「俺な、その言葉にどんだけ傷付けられるか分かるんだよ。自分を全否定された、そんくらいの気持ちになんの。
1年近く一緒に居て、俺が引き出してやれなかったお前の、なんつーの?デレの部分。そういうトコ、少しでも見せられるアイツ等はお前にとって大切なもんだろ。
木兎はウルセェし、黒尾は胡散臭ェし、赤葦は病んでてストーカー並の事やってっし、月島は可愛げねーけど。熊野にとって必要な奴等だ。」
話をしている木葉さんに対して口を挟む事も、頷く事も出来ない。
多分、相手が同居人の誰かだったら肯定なり否定なり、聞いているのを示す反応をすると思う。
こういう遠慮をするのは気を許しきれていない証拠だった。
遠慮がなくなるのが私のデレだとすると、随分と可愛げがないデレだとは思うけど。
それを見せられる皆が自分にとって必要なのだという事は分かる。
木葉さんにも、そうしたくて何かを言おうと口を開いても乾いた息が漏れただけで終わった。
「熊野、サヨーナラ。」
私の嫌いな苦しそうなあの笑顔で、卒業式の時と同じように私の頭を軽く叩く。
向けられた背中を掴みたくて手を伸ばしたけど、掴まずに止めた。
私はどうせまた木葉さんを傷付けるだけだ。
玄関から出ていく姿を見送る。
扉が閉まる、最後の一瞬まで見つめて。
扉の閉まりきる音と同時に意識を失った。