第2章 明くる日
少し歩いた所ですぐに黒尾さんは追い付いてきた。
私を止まらせるように手首を掴む。
「お前、さっき何て?」
「慣れてますから。色々と。」
二度も言いたくない事を聞かれたので少しはしょった。
「何があった?」
「黒尾さんに関係ありますか?」
「ある。これから一緒に暮らす人間の事、知らない訳にはいかないだろ。」
「…離して下さい。歩きながら話します。」
腕を振り払って再び歩き始める。
黒尾さんは今度は私を止めずに横を歩いてこちらを見ていた。
「…で?」
「職人の世界って、男所帯でしょう。親と喧嘩して出てきた、行き先のない都合の良い女。住み込みで同じ部屋になれば、どうするか、なんて答えは簡単ですね。」
拒否や反抗が出来ず、ただ耐える事しかしなかった自分を嘲るように笑った。
「仕事辞めた理由か?」
「それだけなら、1年くらい耐えました。初体験だって奪われて、それでも帰る場所が無かったもので。」
黒尾さんの顔を見上げる。
悲痛そうな面持ちで、言葉を探しているようだった。
私が、仕事をクビになって追い出された理由を知りたい、だけど聞けない。
そんな顔だ。
「お金を渡されたんです。職人より愛人が向いてるだろ、って。カッとなって殴った相手が、親方の一番弟子だったので私の言い分なんか通らなかった。…それで、クビです。」
別に、この理由だけを隠す意味はないから、あっさりと口に出した。