第22章 家出
その、もう一人。
木葉さんが、目を合わせるように顔を近付けてくる。
「熊野、痛くね?結構がっつり掴まれてただろ。」
私が答える前に、その顔は若干下がった。
「近ぇよ。」
「…ってぇ、殴んなよ。」
「殴るって程、強くやってマセン。ほら、ボク紳士ですカラ?」
「胡散臭い笑顔振り撒いて言うなっての。」
私から手を離して頭を押さえる木葉さんと、殴ったであろう握り拳を上げたままの黒尾さん。
そのまま、言い合いになっている。
殴り合いになったら、体格で木葉さん負けてるよな。
まぁ、木兎さんやきとりちゃんみたいな感情ですぐ動く人達じゃないから、やらないとは思うけど。
2人が話しているのをいい事に、距離を取ろうと少しずつ下がった。
だけど、逃げるのは止めた。
走って勝てる相手じゃない。
数分後、やっと話すのを止めた2人はほぼ同時に私の方を向いた。
「…ほら、帰るぞ。」
さっきより、落ち着いた黒尾さんの声。
木葉さんとの言い合いでストレス発散でもしたんだろうか。
手を差し出されたけど掴めないまま、ただそれを眺めてた。
「熊野、飲みにでも、行くか。」
木葉さんが動けない私の手を握って引こうとする。
「今日は帰るんだよ。」
「無理に連れて帰って熊野が話すと思ってんのか?今日は俺が面倒見るから、黒尾は帰れよ。」
また、言い合いが始まってしまった。
手を掴まれたままで今度は離れる事も出来ずに見ているだけだ。
「見付けたのに連れて帰らなかったら、俺がセンパイに殺されんだよ。…とにかく、りらこっちに寄越せ。」
2人の会話に出てきた人を表す言葉。
黒尾さんがそう呼ぶ人で私の知り合いなんて一人しかいない。
血の気が引く音が聞こえた気がした。