第7章 アルバイト
そう思ったのに、こちらに来ようと一歩踏み出した黒尾さんが突然転んだ。
なんとか受け身を取っていたので、怪我はしていないと思う。
私を含んだ全員、驚いている。
理由は、すぐに分かった。
入り口にきとりちゃんが、般若みたいな顔をして立っている。
黒尾さんを押すか、蹴るかしたんだろう。
遅くなる筈の人が帰ってきた事よりも、怒っている訳が知りたかった。
「クロ、その場で正座。…りらも。」
反抗をしようとした黒尾さんも、理由が分からず聞こうと思った私も、顔が怖くて拒否は出来なかった。
呼ばれて黒尾さんの隣に正座する。
「アンタ等、真っ直ぐ帰ってきた?」
上から降ってきた質問で、怒りの理由を知った。
考えてみれば、会場近くのホテルなんか寄ったらきとりちゃんの知り合いに見られていても不思議じゃない。
ただでさえ、突然の出来事があって悪目立ちした私は印象に残っていたんだろう。
それを、送別会の最中に喋った人がいるのだと思う。
「誰かに聞いた?」
「同僚が見てた、って。」
「カップルだと思ってたなら、不思議に感じないと思うけど。」
「私、酔っ払ってアンタ等のネタばらししたから。あの二人、付き合ってないよーって。そうしたら、ホテル入ってくの見た、ってヤツが居て。慌てて帰ってきた。」
予想は当たっていた。
隣の黒尾さんは、意外に冷静なやり取りをする私を心配そうに見ている。
当の本人である私は、三人の誤解を解くチャンスでもある状況に、逆に喜んでいた。