第1章 朝焼けの声
今の主が此処に来る前にも、何人かの人間が審神者として遣わされてきた事があった。
しかし、どの審神者も上手くはいかなかった。
打ち捨てられた様な者ばかりが集まっていたこの本丸は、邪気に溢れていた。
その邪気に当てられて殆どの審神者は、刀剣男子達を顕現させるどころではなく、邪気を祓うことすら出来なかったのだ。
調べた結果、本丸には神力のみで祓うことの出来る邪気ではなく、更に悪いものを呼び寄せ、悪鬼までもが巣食っていたという。
誰しもが手に負えない状況だった。
このままでは、本丸に残された刀剣が邪気に犯され、闇に落ちてしまう。
そうなってしまっては、刀剣男子はもう元の様には戻れない。
闇に落ちた刀剣男子は、最悪の場合朽ちた本丸を抜け、他の審神者が率いる刀剣男子達を襲う可能性がある。
そうなる前に時の政府はそれらを“処分”しなければならない。
実際に、過去にそういった事例が出ている。
闇に落ちた刀剣男子達は、政府によって派遣された他の審神者率いる刀剣男子によって葬られたそうだ。
そうなってしまう前にと、派遣されたのが今の主だった。
何をどうして悪鬼の巣食うこの本丸を立て直したかまでは分からない。
けれど、かつてこの本丸で過ごしていた刀剣達が再び目を覚ました時には屋敷の中は完全に浄化され、傷付いた体さえも癒されていた。
全て、皆の知らぬ間に起き、終わっていた。
何も分からぬ刀剣達は仲間との再会を喜び、そして新しく始まる日常に期待するよりも早く怯え、慄然として身構えた。
しかし、現れることの無い審神者に疑問を抱き始めた頃に現れたのが小さな人形の式神だった。
式神は、主はまだ皆の前に現れないことと、近侍として皆の意思を伝えてくれる者を取り決めよ、と命を出した。
その時、近侍となったのがへし切長谷部であった。
が、彼もまた主に直接会う機会は無かったという。
長谷部から式神伝いに刀剣達の様子、特にその不安定な心理状態を知った主は、このまま姿を表さないことが最善だと判断した。
その判断に戸惑う者達もいたが、もう審神者に、人に怯えることは無くなるのだと喜んだ者達が多かったのも事実。
今まで長い間傷付いてきた仲間が喜ぶその姿を見て、異論を唱える者などいる筈もなかった。
そんな本丸が長い闇から抜け出して、皆が日常生活を取り戻した頃に現れたのが、小狐丸だった。
