第1章 朝焼けの声
「まったく、出陣が嫌だなど、天下五剣ともあろう者が何を仰る…。」
「お前は真面目だなぁ、小狐丸!ここじゃ好きにやっていいって何度言っても聞かないからなぁ。」
「はっはっは、そこが此奴の良いところだ。」
そんな話をしていれば、不意に音もなく小さな幼子の様な仕掛け人形が近付いてきた。
「ほら、お前ら…言ってる側から通達だ。」
小さな盆を手にしたそれは、ここの屋敷ではよく見られる式神だ。
様々な種類の式神があり、通達や清掃、時には刀達の手入れまでをこの式神達がこなす。
このタイプは通達係。盆の上に通達用の書物を乗せ、運んでくる。
「はっはっは、逃げられぬなこれでは。」
書類を手にすると今日の出陣先、隊長と他の隊員達の名前が記されている。
「後三刻もすれば出陣ですね…頼みましたよ、隊長。」
「まったく、こういう時に限って俺が隊長とは…聞き耳を立てられているかな。」
出陣の名を出すのは審神者の役目。
この式神も審神者が操っている。
幼子の式神は書物を届ければくるりと反転して来た道を戻って行った。
刀剣達が皆、重い過去を持った者達であるというのと別に、もうひとつ、この本丸が普通ではない訳がある。
本来は一人の審神者が一つの本丸を取り仕切り、刀剣達を統轄する。
それはここも変わらないのだが、他の本丸とは大きく違う点がある。
私達刀剣は、この本丸の審神者……己の主の姿を、誰一人として目にしたことが無い。
それが、此処の当たり前の日常で、皆が穏やかに過ごすことの出来る条件だった。
多くの者達は人間を嫌う。
だからきっと、今のこの状況を悪く思う者は少ないだろう。
穏やかに安心して過ごすことの出来る、普通の日常が送る事が出来る条件だと信じている。
この日常を誰もが良しとして、このまま続けばいいと願っている事だろう。
しかしながら、私にはこの当たり前の日常が、皆にとっての最善の、この環境が、堪らなく寂しいのです。