第2章 開かれぬ扉
すると、目の前の式神がくるりと方向を変え、来た道を戻っていく。
勿論、飯を乗せた盆を持っているのは私だ。
これは、もしや付いてこいという事で良いのか?
視線の先、歩いていた式神が脚を止め、私の方を振り返る。
あぁ、まさか。
本当に、こんなことがあって良いのか?
この本丸に顕現されてこんなにも嬉しいことが、震えるほどに悦びを感じることが未だかつてあっただろうか。
それほどに、今の私は舞い上がっていた。
ぬしさまに会えるかもしれない。
私は、ぬしさまに呼ばれたのか、それとも受け入れられたのか。
喜びに包まれて、我を忘れてその場に立ち尽くす私に早く来いとでも言うように、振り返った式神にすぐ付いていった。
本当にぬしさまの元へ行けるのか。
三日月が言っていたように、善からぬ事だと言うのであれば、恐らくこの行為は決して許されることでは無い。
他の者に見付かりでもしたらすぐにでも引き返せとそう言われるのだろう。
しかし、私はやはりあの時の夢を、出来事を忘れられずにいた。
もう一度夢にでも出て来て欲しいと何度も願ったが、叶うことはなかった。
あれは単なる夢で、私は本当にこのまま忘れてしまうのか。
そう思う度にあの時の手の温もりが薄れてしまっていくようで、酷く辛かった。
しかし今、この道を進めば、きっと私の求めるモノを得られるのではと、少しの不安と大きな期待が私の中を入り交じる。
不思議と、他の者の気配はない。
先程の広間から、いや……空間からゆっくりと遠ざかっていくのを感じながら、何もモノを言わぬ式神の後を歩く。
知っている道の筈なのに、そこは見知らぬ場所となっていった。
何故かはわからぬが、途中擦れ違う部屋の中に人の気配はいない。
本来ならばそこにいる筈の者達が、いないのだから。
すると角を曲がった先、突然見慣れぬ階段が現れた。
まさしく、この本丸の謎といって良いのだろう。
きっと私以外、一度も訪れたことのないこの先へ私は歩を進める。
上りきった先にあったのは、何の変鉄もない部屋だった。
襖は閉じられたまま、シンと静まり返っている。
ただひとつ、騒がしいのは私の心の臓だけであろうか。