第2章 開かれぬ扉
今日もまた、朝焼けが本丸の庭を照らす。
未だ朝方は冷えるこの季節、花が開くよりも早く外へ出て庭を回るのが日課になっていた。
朝露に濡れ、小さな光を反射させる草木を眺めて朝食までの時間を過ごす。
朝が早い者達は既に活動を始めているものもいるが、外を出歩く者は少ない。
静かに一人、澄んだ空気を吸えるのは心地が良かった。
私はあれから、特に何事もなかったかのようにいつも通りの日常を送っていた。
妙な夢を見ることも、体の不調を訴えることもない。
あの手入れ部屋での出来事も全て夢だったのではないかと、思いさえする。
一度、周りの目を盗んで手入れ部屋へと足を運んだが、何て事はない、手入れの道具があるだけで特に変わった様子などなかった。
続く奥の部屋は道具の在庫があるだけで、人が通るような場所でもない。
本当に、あの時触れた手は私の単なる夢だったのか…いくら考えようと答えなど出ない。
全て忘れろと三日月は言った。
本当にそうさせるかのように、一切あの話をしなくなったのだ。
全て、初めから無かったことにされたかのように。
私はまた、酷い孤独感を覚えた。
だからと言って、私から何か言うわけでもないが。
これで良いのだと、言い聞かせながらもやはり蟠りが消えない。
あの声の主が、ぬしさまであると言うことが分かるだけで良い。
それだけで、満足出来る筈だ。
でも、その方法を知らないのだからどうしようもない。
せめてぬしさまの部屋が分かれば良いのだが、本丸中を探し回ったところで辿り付くことはなかった。
はぁ、と小さな溜め息を付きながら、薄れ行く夢の中の温もりに一人思いを馳せた。
もう台所から湯気が出て、美味そうな臭いが鼻を擽り始める時間。
そろそろ飯になるなと屋敷の方向へ向かえば両手に菜の花を抱えた光忠と出くわした。
「おはよう、小狐丸。今日も早いね。」
「あぁ、御主もな。…それは菜の花か。春らしくて良いな。」
「うん、折角沢山あるからね、お浸しにでもしようも思って。」
この本丸の畑は色々なものが揃っていて中々に面白い。
畑仕事は楽ではないが、日々の飯が美味いのは有り難いことだ。