第1章 朝焼けの声
「…なるほどな。」
一通り、手入れ部屋での出来事を三日月に話した。
「その者に覚えはあるか?」「…いえ、ありませぬ。触れられた感覚はありましたが、姿は朧気な故に…。」
勿論、嘘だ。
あれは絶対にぬしさまだと、私の勘がそう言っている。
「そうか…この事は他の者には?」
「いえ、今この時が初めてです。」
「うむ、ならよい…今の話だけではまだ真相は解らぬ。何せ初めての事だからな。皆には伝えぬ方が良いだろう。不用意に脅えさせるのは酷だからな。」
短刀達は特に怯えてしまうかもしれない。
嫌に張り詰めた場の空気を和ませたくて、おどけたようにも笑って見せた。
「確かに、それもそうじゃな。私の下らない夢などで怯えさせてしまっては流石に可哀想じゃ。」
「あぁ、事はあまり大きくさせない方が良いだろう。御主も考えすぎるなよ?いっそ忘れてしまえばいいのだからな。」
忘れる、か…確かに、忘れてしまった方が良いのかもしれない。
「だがまぁ、なんだ。御主も一人で考え込む癖があるからな。今夜は此処で寝ると良い。」
「……、は?」
突然の提案に情けない声が出た。
「今夜は俺の部屋で寝ると良いぞ。」
聞こえなかったとでも、思ったのか。
二度も真っ直ぐに言われては誤魔化すことも出来ぬまい。
「何を突然……馬鹿なことを。」
「馬鹿なこと等ではない。大真面目だ。御主は此所へ来てからというもの、いつも一人ではないか。他の皆は相部屋が殆どなのだ。おかしな事ではあるまい。」
はぁ、と盛大な溜め息をついた。
ちらと三日月を見るも、これから逃げ切るのも骨が折れそうだ。
一度言ったら聞かぬ男だと、分かっている筈だがどうしても腹が立つ。
「御主はまだ病み上がりだということを忘れてはおらぬな?この前の朝もそうだ。また何かあっては大変だと言っているのだ。」
腹が立つが、言い返せないのもまた事実。
「…わかりました。」
「うむ、それでいい。」
私の返事に気を良くして、茶でも頼んでくると立ち上がる三日月の背に声をかけた。
「なぁ、三日月よ…。」
「ん?なんだ?」
上機嫌に部屋を出ようとする三日月を呼び止める。
聞くのが恐ろしくも感じるが、聞かねばならぬ気がした。
「…よからぬ事、だと思うか?」
「ああ、確実にな。」
それだけ言って、三日月は部屋を出ていった。