第1章 朝焼けの声
今日という一日が平凡な和平への道を辿って来たと、胸を張って断言出来る者は、果たしてどの程度存在するのだろうか。
何時ものように日が上る頃、私は障子越しに朝焼けの色が透けて射し込むと共に目が覚めた。
気怠い体を起こし、少し冷える部屋の空気にふ、っと小さな息を吐く。
何時ものように着替え、何時ものように自慢の毛並みを櫛で梳く。
全て綺麗にとかしきる頃には日が上り、小鳥達の囀りが新しい朝の訪れを告げる。
早い者は朝日と共に起きて一日の行動を開始する。
誰かが廊下を歩く音と共に、遠くで聞こえる話声。
平凡な、何ら変わらぬ普通の日常の様に、この本丸も今日という日の朝を向かえた。
襖を開ければ朝日の光に瞼を細める。
冬も近いこの季節、人の体というものは寒さが堪えるものだ。
人間の体は中々に面白いが、こういったところは不便でもあると思いつつ、体を慣らすついでに外の空気を吸おうとそのまま表へ出た。
すれ違う他の刀剣達と他愛もない言葉を交わして、小綺麗にされた庭を眺める。
この本丸は、些か普通ではない。
普通ではない。しかし、だからと言ってそれが悪いという訳では決してない。
現に、パタパタと廊下を駆ける短刀達の表情は明るい。
本来はそれが当たり前であり、普通なのだろう。
しかし、彼等にとってはそうではなかった。
この本丸にいる刀達は、いずれも少なからず過去に重い記憶を持つ者ばかりだ。
「…おお、小狐丸じゃないか。相変わらず朝が早いな、御主は。」
「これは三日月。御主がこの時間に起きているとは、珍しい。」
「なぁに、この寒さで少し目が覚めてしまっただけだ。まったく、じじいには寒くて敵わん。」
この三日月も、前の主の元でどうやら人という生き物に失望したらしい。
詳しくは知らないが、ここの皆はそれぞれ何かを抱えている。
だから、誰もが聞きもしなければ好き好んでそんな話をする者もいない。
政府の人間からこの本丸は訳ありの寄せ集め、だとでも言われているのだろうか。
実際に、過去に手酷い仕打ちを受けた故に人間を信用しない者も多い。
ここの刀剣はその程度に差はあれど、何か理由があってここに連れて来られた者達だった。
ただ一人、私を除いては。