第1章 朝焼けの声
「まぁ、そう腹を立てるでない。少しからかっただけだろう……で、どうだ?これで今朝の夢は忘れられたか?」
「……、は?」
一瞬、何の事か理解が出来なかったが、瞬間的に今朝あった出来事…夢の声を思い出した。
三日月は私の夢を忘れさせようと、わざと驚かすようなことをしたというのか?
あの三日月が?
「……あ、いや…今言われるまで、忘れておりました…。」
「なんと…それは惜しいことをした。わざわざ思い出させてしまったのなら意味がないな。」
突然何を仕出かすのかと思ったが、先程のはそれなりに考えがあっての事だったのか。
三日月は何も考えていないようで時が来れば全て計算のもとに動くような男だ。
しかし、そうかと思えば本当に何も考えていない事の方が多いのも確か。
つまりは、この男は予測ができないと言うこと。
「…まぁ、この屋敷は良くないものが潜んでいる可能性がある。御主の言う夢は良いものとは限らん。忘れた方が身の為だ……あまり考え過ぎるでないぞ。いずれ呑み込まれてしまうからな。」
「呑み込まれる、ですか……。」
「あぁ、一度でも呑み込まれてしまうと戻ることは容易ではない。そこは深い深い闇だ。…どこまでも、な。」
目を合わせた三日月が真剣な顔をしたかと思うと、すぐに何時通り柔らかな表情へ戻った。
「ま、何事も考え過ぎは良くないということだ。そんな時には鶴丸にでも驚かして貰うといい。あれはあれでいい息抜きになるぞ。」
何時も通り、柔らかく笑って見せるとゆっくりと腰を上げた。
考えるな、という方が無理があるだろう言い方に思わず頭を押さえると仕方なしに三日月に続く。
悩まねばならないのが夢の事だけでなくなった気がしなくもない。
「さて、少し長湯し過ぎたな。逆上せる前に上がるとしよう。」
今日はもう朝から疲れてしまった。
この短時間での起きた出来事が濃すぎやしないかと、また小さなため息をつくと三日月に続いて風呂場を後にする。