第1章 朝焼けの声
またしても、盛大な水音を立てて私の体は湯の中へと落ちた。
否、落ちたというよりも引きずり込まれたと言うべきだろうか。
ここの浴槽は思いの外深く出来ている。
その為、腕を付く前に顔が湯に浸かってしまうのだ。
体勢を整えようと掴めるものを、と咄嗟に触れたものに掴んだ。
そして握り返された。
「ーッ、ふざけるのはいい加減にしてくだされ!」
体勢を崩すのは免れたが、掴んだものが悪かった。
確認するよりも前に、その感覚で私が掴んだものが三日月の手だと言うことが分かった。
それが分かった途端、何故か無性に腹が立ったのだ。
思わず叫んでしまったが、浴室の中ではやたらと響く故に、その声量に自分自身でまた驚く。
しかし、その事の元凶である目の前の男は同じように水しぶきを浴びてずぶ濡れになりながらも楽しそうに笑っていたのだった。
「はっはっはっ……いやはや、人を驚かせるというものはこんなにも面白いことか。鶴丸の気持ちが良く分かったわ。」
悪びれもなく、それはもう楽しそうに笑っていた。
そんな間も私の手は掴まれたまま、上半身は前のめりに三日月の上になる体勢だった。
「っ、ええい!いい加減に手を離さんか!!」
堪らなくなって手を振りほどいた。
振りほどく手が、なかなか離れなかったのは私の調子がまだ本調子でないのか、それとも三日月が離そうとしないのか、そのどちらなのかだなんて考える余裕は今の私にはない。
本当に、一体何を考えているのだ、この男は。
手が離れ自由になればすぐさま距離を作る。
次に何をされるか分からない焦りのようなものがあった。
警戒して相手を見ていれば、三日月もゆっくりと体勢を直し、立てた膝に肘をついた。
「なんだ、逃げることはないだろ……ほれ、ちこう寄れ。」
その表情はまだどこかふざけたように笑っている。
「まったく、質の悪い冗談はやめていただきたい……私の心臓が持ちませぬ。」
「なんだ、じじいの戯れに付き合ってはくれぬのか…。寂しいのう。」
「ならば、私も変わりますまい。じじい同士の戯れなどご遠慮願いまする。」
はぁ、とつい大きなため息をついた。
こんなにも疲れる風呂は初めてだ。