第1章 朝焼けの声
何か、悪い予感にバッと後ろを振り返る。
目の前の三日月は変わらずその笑みを口元に浮かべたまま、何故か私にはその距離が縮まっているように感じた。
「なに、を……っ、!?」
後ろに後退ろうとした途端、何かに躓いて体勢を崩した。
大きな水音を立てて浴槽に落ちたが、思っていたほどの衝撃は無い。
変わりに、頬を擽る濡れた軟らかな髪の感触と首筋に掛かる息遣い。
「っ、全く……本当に御主はそそっかしいな。」
倒れる瞬間、三日月に支えられたらしい。
なんということだ。
「それは、三日月が急に……、」
「俺か?俺は何もしておらぬだろう。それを言うなら御主の方だ……突然足を滑らせるなど、今朝の事を忘れたのか?」
「、……申し訳、ありませぬ…。」
何も、言い返すことが出来なかった。
「まだ本調子ではないであろうに…何をしておるのだ。」
何をしているのか。
寧ろ私自信に聞きたい程だ。
今日は朝からというもの、己のことながら変だと言わざるを得ない。
もはや情けなくて唇を噛み締める事しか出来ない。
はぁ、と小さくため息をつくも、いつまでもこうしている訳にはいかない。
大男二人が朝から浴槽で抱き合っているなどと他の者に知れたらと思うとゾッとする。
妙な噂話を立てられるのだけは勘弁していただきたい。
もう大丈夫だから、と目の前の相手を離そうとすればその顔が一瞬辛そうに歪んだ。
「三日月…?どこか痛むのか?」
「ちょいと手を捻ったらしい。なぁに、この程度怪我にも入らん。直に治る。」
体重をかけているだろう手を見るが、大丈夫だとでも言うように持ち上げれば軽く振って見せている。
「何とも無いならよいのだが……。」
私のせいだろうか、そんな気にさせる。
何を馬鹿なことをしたのだろうと、今更ながら反省した。
すると突然、痛そうに顔をしかめれば手首を庇うように前屈みになる。
「っや、やはり痛むか?!」
焦って三日月の顔を覗き込む。
しかし、そこで見たものは思っていたものとは真逆の表情であった。
悪戯に笑った顔。
しまった。と思ったときには時すでに遅し。
腕を捕まれ私はそのまま前のめりに倒れ込んだ。