第36章 After few months【再会】
そのパティスリーは、夜の店で働く女性への贈答用と酔客相手に焼き菓子を売る変わったお店で、ロンドンの中でも有名な店だ。
酔客相手のせいか、味は濃い目に仕上げてあるが決してマズくはなく定評がある。
レイアも同業のせいかつい気になるので店の前を通り過ぎる時はいつも中を覗いてしまうのだ。
(あれ……?)
いつもは静かに明かりが灯るだけのパティスリーの前に人だかりができている。
(どうしたんだろう…酔っぱらいでも暴れてるのかな)
レイアは恐る恐る中を覗こうとするが、人がたくさんいるせいでよく見えない。
「何かあったんですか?」
取り巻く野次馬の一人にレイアは声を掛けた。
「この辺りじゃ見ない女顔の男が現れて、店主にイチャモンつけてるらしいんだよ」
(女顔の男だなんて、どっかの誰かみたい)
「警察呼んだ方がいいんじゃないですか?」
レイアが提案したまさにその時だった。
「だからさっきからこのロンドンで一番美味しいマドレーヌを出せと言ってるんだ!こんな下品な甘いだけの焼き菓子、マドレーヌとは言えないよ!!!」
(えっ………)
中から聞こえた怒号に、レイアの胸が思いきり締め付けられる。
(嘘でしょう……)
蓋をしていた記憶が一気に蘇る。
「……ん?お嬢さん大丈夫かい?泣くほど怖いなら離れてた方がいいよ」
振り返った野次馬はレイアに声を掛けるが、その声はもう届くことがない。
「もう…話にならないよ……他のパティスリーはどこ?案内してよ」
「この時間に開いてるのはうちだけだよ!よそ行きたいなら明日を待つんだね」
店主は、サーモンピンクのシャツにチェレスタカラーのスカーフタイをつけたビスクドールのような顔立ちの男性を追い出そうとした。
それに合わせて野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。
よろけながら店外に追い出されたその人は、忌々しげに店を一瞥してから振り返った。
「全く……味もひどいし話にならな………っ」
「………」
琥珀色の瞳と
目が合った。
「………どうして?」
ずっと求めていたその人は
とろけるような笑みを浮かべる。
「理由を述べる必要ある?」
涙が止まらない。