第36章 After few months【再会】
After 8 months...
初夏のロンドン。
今年の夏は特に暑く、長袖のブラウスは腕まくりをしないといられないくらいだ。
夕刻。
日中の暑さが夕闇の訪れとともに収まっていく。
「レイア、お疲れさま〜」
メイン通りのパティスリー。
店じまいの準備をしていると中から店主が声をかけてきた。
「お疲れ様です、店長」
レイアは表の看板をCloseに変えて戻る。
「今日はもう帰って大丈夫だよ」
「ありがとうございます。じゃあ…お先に失礼します」
パティシエの店長はお辞儀をするレイアの頭をぽん、と撫でる。
「今日も、帰り道……気をつけるんだぞ?」
「…はい、大丈夫です!」
レイアは笑顔で答える。
秋深まった頃、レイアがいなくなった事件は「誘拐事件」としてロンドン中を賑わせていた。
戻ってきた時はかなり大騒ぎになり連日記者が取材に来たが、程なくしてクリスマスになったので記者たちの足は遠のいた。
クリスマスに忙殺され、一時的に忘れていたクレイドルのことも、春の訪れと共にまたレイアの心をチクリと痛めた。
何度も月が満ち、そして欠けるのが繰り返される。
ハイドパークの近くは、月の出ていない日だけしか通らないようにしていた。
意識すればするほど心は痛むのだが、レイアはそうする以外の選択ができなかった。
(ヨナ……)
帰り道。
レイアはスカートのポケットの中身を上から確かめるように握る。
あれから肌見放さず持っている、ヨナがくれた香水瓶だ。
(……新しい恋人、できたかな)
ヨナはクイーンだし、あんなに綺麗だし
(まぁ性格には少々難あり…いやかなりクセがあり?だけど……)
でも
引く手あまたなんだろうな。
(あ、ダメ……これ以上考えたら)
抜け出せなくなっちゃう。
レイアは空を仰ぐ。
月はちょうど満月。
ハイドパークには近づけない。
クレイドルに帰りたくなってしまうから。
レイアは、少し遠回りになる目抜き通りの方へと足を向ける。
多くの店は閉まっているものの、何件かの店の明かりが灯る通りは他より明るい。
酒場、食堂、シガーバー、あと1つだけパティスリーが開いているのだ。