第35章 Last 2days【別れ】
「……少なくとも、あの腹黒野郎よりはな」
「………」
ヨナはそれ以上何も言うことができずに押し黙ってしまう。
「ま、アリスとこれで二度と会えなくなるかもしれねーから、悔いのねーようになー」
カイルはそのまま手をひらひらさせて談話室を後にした。
レイアはこのまま
クレイドルには戻らないかもしれない。
(それならそれで構わない…)
その方がレイアにとって幸せなら。
『……あなたは誰ですか?』
赤の兵舎に初めて来た日。きょとんと見つめる顔。
『ありがとう、ヨナ』
セントラル地区の公園で、初めて見せた自然な笑顔。
『怖かった…一人ぼっちなんだって思ったら、怖かったの』
しぼり出すように、悲しげな瞳で訴えたあの顔。
『ヨナが………好きだよ……』
月小屋の中、部屋の明かりに照らされた愛おしい顔。
レイアの純粋な心を疑う余地など微塵も無かった。
それでも。
いやだからこそ…。
ヨナは今朝の出来事を思い出す。
馬車から降りた花咲か野郎が抱えていた、意識の無いレイア。
気持ちよさそうに眠っていたレイアは
黒の兵舎での時間が楽しく充実していたことを物語っていた。
(俺が今まで見たことも無いような寝顔で……)
しかもあの花咲か野郎の腕の中で。
この感情は間違いなく「嫉妬」だ。認めたくないが、そうだ。
「すまないな、赤のクイーン。はしゃがせすぎちまったみたいだ」
眠るレイアを貰い受けた瞬間
僅かに胸元からのぞいた赤い痣。
自分自身、全く身に覚えの無いそれは
間違いなく「黒の兵舎」でつけられたものだろう。
苛烈なまなざしを投げると、シリウスは特に気にする様子も見せず
「そう怒るな。そんなに飲ませてはいないはずだから…じきに目が覚めるだろう」
そう言ってふっと笑うと、馬車に乗り込んで去ってしまった。
(レイアを抱いてなかったら、剣を抜いて叩き切ってた…)
そしてそのまま馬に乗って黒の兵舎に乗り込んだ。
腕の中で
ヨナの激情に気づくこともなくすやすや眠るレイアを見て、
複雑な思いがこみ上げるのをとめることはできなかった。