第26章 12th Night【ヨナ・クレメンス】
「ねぇ、アリスちゃん」
揺れる馬車の中。
セスは、本当に年上のお姉さんのように
柔らかく包み込むような表情でレイアを呼んだ。
「はい」
「…ご主人サマの指名は、あの性悪美人にしちゃうの?」
「……しょ…」
言われて思わずレイアは吹き出す。
「ごめんなさいね、黒の軍では『性悪美人』か『ブラコン野郎』で通っちゃってるの」
「し、知ってます…いいんです」
レイアは呼吸を整えて答える。
「……赤の軍の皆さんも、黒の軍の皆さんも…本当にいい人たちばかりでした。じゃなかったら私…ここまで来れなかった」
「アリスちゃん…」
「皆さん全員に感謝しています。…でも」
少しためらいがちにレイアは続ける。
「……ヨナは、別格でした…」
「……」
「最初はキョーレツだなって思っていたんですけど…」
今度はセスがその言葉に吹き出す。
「そうよね?キョーレツよね?」
「はい…素直じゃないけれど、不器用で、その分嘘がなくてまっすぐでした…」
レイアの脳裏に今までのことが浮かぶ。
そんなレイアの様子を見てセスがゆっくりと言葉を紡いだ。
「……ねぇ、アリスちゃん。恋に落ちるっていうのは、きっと言葉に表せない何かがきっかけでそうなってしまうものよね」
「えっ…」
「優しいから、とか、顔がタイプだから、とか…そんな条件的なものを越えて……
たとえば一緒に感じた空気や視線や…笑い合うタイミングだったり…その瞬間の瞳の色だったり……
そんな何気ない小さなものの積み重ねじゃないかしら」
セスは優しく微笑みながら話す。
「もう二度と来ないその瞬間って、永遠に自分のものだし…だからこそ、その相手と『恋に落ちる』って、かけがえのない特別なものなのよね」
「…はい」
レイアの手にセスの手がそっと重ねられる。
「次の満月でもし帰るとしても…ここで感じた気持ちがなかったことにはならないわ。そしてあなたがいたことも…永遠にみんなの心に残るはずよ」
「……セスさん」
まだしばらく満月まで時間があるというのに
今日で終わってしまうような気持ちに陥る。
「…可愛いレイア……」
セスはそっとレイアの頬を撫でた。