第2章 Lv.7
シャキシャキと、小気味よい音。
散髪用のはさみがリズミカルに鳴り、その合間を縫うようにして美容師の男性が話しかけてくる。
「名前、なんていうの?」
まさか本当に芋じゃないよね、だなんて。鏡越しに笑んでみせる彼は、さっき鉄朗さんにイッセイと呼ばれていた。
銀のネームプレートに一静の文字。
「……愛莉、です」
ぼそりと名乗って「可愛い名前だね」なんていうリップサービスに愛想笑いを返して。続かなくなった会話に若干の居心地の悪さと、気まずさと。
それらを誤魔化すために読みもしない雑誌を手にとって、鉄朗さんと一静さんの会話を思い出す。
『へえ、黒尾くんとこの』
『そ、今日が初出勤でさ』
『じゃあ綺麗にしてあげなきゃね』
彼らの会話は流れるようにして進み、私はあれよあれよという間にカット椅子へと誘導された。
ブリーチをして、カラーを入れて。
まるで魔法のように髪色が二度変わったところでカットが始まり、今に至る。
私を一静さんに託した張本人はと言うと、待合スペースで優雅に読書を楽しんでいた。男性向けのファッション誌。脚を組んで、ソファに深く腰掛ける姿。
黒尾さんはカットしないの?
珈琲ご用意しましょうか?
彼の近くを通るたびに女性スタイリストが声を掛け、営業スマイル以上の笑みで頰を綻ばせる。
ああ、本当に。
モテ男っていうのは実在するんだな、なんて、そんなことを漠然と思って。
やっぱり無性に、心がザラザラした。
「恋してるんだ? 黒尾くんに」
「っ、へ!?」
「それともまだ芽生えたばかりかな」
一静さんの突然の問いかけに驚きすぎて、思わず声が裏返しになる。
わずか三頁目で止まっていた雑誌。
捲りかけのページをぎゅう、と強く握りしめ、ドキドキと喧しい心臓もそのままに視線を泳がせた。