第2章 Lv.7
「っひゃい?!!」
返事とも奇声ともつかない音が喉から飛びだして、直後、右眉付近でいやな音がした。
恐る恐る鏡を見て、愕然とする。
やってしまった。
眉頭が、消えた。
「いつまで風呂入ってんだ!」
消失した眉に落胆する暇もなく、湯けむりの向こうから怒声が浴びせられる。私が何かを言うよりも先に「とっとと出てこい!」のひと言が加えられた。
バスルームに入ってから、まだ15分くらいしか経ってないのに。
「………せっかち尾鉄朗」
「聞こえてんぞテメエ!」
「っ!? 嘘ですごめんなさい!」
地獄耳鉄朗さんに急かされること数分。どたばたとシャワーを終えた私は、前髪でどうにかこうにか眉毛を隠しつつリビングに戻った。
すると、そこには出かける準備を整えた鉄朗さんの姿。
普段はコンタクトなのだろうか。
ついさっきまで掛けていた眼鏡は既に外されている。
「オラ、さっさと行くぞ鈍間芋」
失礼千万でしかないあだ名を口にしながら、彼はさっさと部屋を出ていってしまった。
玄関で靴を履くその背中に「どこ行くんです?」と問いかけると、なんとも無愛想な声が返される。
「飯」
チャリンと鳴いたのはキーケース。
彼によく似た、ブラックレザーの。
ドアが押し開けられて、まだ少し濡れた髪にひやり、冷たい風。
外の匂い。
冬の匂い。
「お前、コーヒー好き?」
ドアに鍵をかけながら問うた鉄朗さんを、まじまじと見つめる。
見つめて、思った。
「好き、です、コンビニのとか」
「じゃあエクセル行こうぜ。俺、あの店のラテ好きなんだよ」
本当に同居なんだ。
すごく今更だけど。
本当に、一緒に住んでるんだ。
このひとと。
鉄朗さんと。
これから毎日こうして一緒に出かけたり、ご飯食べたり、するのかな。するんだよねきっと。
マンションのエントランスへ向かう階段。薄墨色のタイルを一段、また一段、彼を追って踏みしめる。
(……なんか変なの)
くすぐったい、と思った。