第1章 Lv.5
実際ちょっと泣きそうだった。
パンダで有名な恩賜公園を擁するこの町。私が自主練していた場所から程近いデザイナーズマンションの、215号室。
ほぼ初対面の男性の部屋で、出口の見えない諍いを続けているのだ。徐々に膨れていく不安と疲労。
もともと食事と睡眠が足りていないせいもあってか、気づけば立っているのがやっとである。
「──……っ分かり、ました、喫煙中は私が外に出ます。なので、……その、今日はもうおやすみなさい」
私は項垂れるように一礼だけしてから、鉄朗さんに背を向けた。
「おい、ちょっと待てよ」
だなんてアイドルじみた台詞が聞こえてくるけど、振りかえる元気もない。
歩みを向ける先はもちろん寝床。
居候の分際でベッドを所望するのは「頭が高え」らしいので、ソファにクッションを置いただけの超簡易ベッドだ。
脚を伸ばして寝られる場所が得られただけでも大変有難いことなので、文句は言うまい。
「──…………」
ばふっとソファに倒れこむ。
漏れる溜息は、長く、深く。
突如として幕を開けた新しい人生。課せられた条件。怖すぎる家主との同居。しかも期限は一週間。
正直、先行き不安でしかなかった。
私は及川さんの求める「レディ」というものに成れるのか。もし仮に、晴れてステージに上がれたとして、それから先やっていけるのか。
そもそも、鉄朗さんはどうして私をスカウトしてくれたのだろう。
あまりにも芋だと言われすぎて自信喪失である。いくら踊れるとはいえ、芋は芋じゃないか。芋を盗撮してまでスカウトするなんて──……