第1章 二人が共に居れたなら
「…………君はいやに物分かりが良い。だから、僕に話し掛けに来ても早々に打ち切ってしまう。僕がまだ時間に余裕があると言っても何かと理由を付けて立ち去るだろう? 僕はそれが寂しいと同時に好意的に思っているよ、次こそはと市中に来る度君の姿を探してしまう」
見つけるのは君の方が早いけれどね、と肩を竦める彼に私は動揺を隠すことは出来なかった。
なんだ、これは。ラインハルトさんが私のことを好意的に思っているどころの話ではない。思い上がりも甚だしいと思うがこんなことを言われてしまえばまるで、
「好きだよ」
私の思考を読み取るかのように吐き出された言葉にはくはくと陸に打ち上げられた魚のように口を開閉させるしかなかった。これは、何かの冗談だろうか。否、彼がこんな性質(タチ)の悪い冗談を言うわけない。戯れることこそあれど、物事の分別は付いている人だ。
「君のことが好きだからこそ、君の口から生きる世界が違うだなんて突き放すような言葉を聞きたくなかった」
「……そんな、」
ことを言われても。
「本当のことだろう、と君は思っているのかもしれないね。確かに、僕は王選候補者の騎士であり剣聖なんて二つ名もある。一介の市民でしかない君とは見ている世界が違うだろう。けど、僕だって騎士という仮面を外したらただのラインハルトだ。君と関わっている間、僕は騎士ではなくただの男として接していたよ」
手首を壁へ縫い付ける武骨な手がするりと上へ這い、力が抜け丸まる私の指先を絡め取る。流れるような動きの手管と強く握るその力になんて気障なんだと現実逃避に考えていた。
嗚呼、でも握られた手から伝わる熱は発火しそうな勢いだし鼻先が触れ合いそうなほど近い距離はたった瞬きでさえ動くことを許さないと言われているようでこれが現実であると如実に示している。
「あ、の」
咽喉が焼けてカラカラに渇いているようだ。喘ぐように紡いだ言葉に彼は縋るような色を双眸に湛え僕を選んでほしいと言う。繋がれていない片腕をだらりと垂れた指先を先程とは打って変わり硝子細工を扱うかのように丁寧な動きで彼の口唇へ引き寄せられれば爪先に口付けを一つ落とされた。