第1章 二人が共に居れたなら
「そ、それにラインハルトさんは王選候補者の騎士ですし! 今以上に忙しくなるでしょうからお邪魔してしまうのも気が引けるなって……今更な話ですけど」
「だから、いつも話し掛けに来ているのに止めたのかな。そうやって、君は僕から距離を置こうというのかい?」
その問いに無言を貫く。無言は時に是と示すことを知っての行為だった。
それにしても、彼に存外好意的に思われていることに素直に驚いている。てっきり会う度執着に絡まれる小娘、程度の認識しかされていないと思っていた。私が話し掛けに行かなくなっても、最近煩いのがいないな程度にしか思われないかと。彼の懐の深さに感動した。
彼の質問に答えずとも私の意図を察したらしい。彼は一層悲愴に満ちた顔をすると短兵急に私の腕を掴み上げ壁へと縫い付ける。普段では想像も付かない、乱暴な動作に私は小さな呻き声を口腔で転がしてされるがまま背中を壁へぶつけた。
「ライ──……」
「君は」
思わず呼んでしまった彼の名は、彼の声で遮られる。何が起こったのか分からず呆然と見上げると存外近い距離にある碧眼に硬直した。
いや、確かに私は端正なかんばせを堪能していたかったと言ったが、美形が眼前にいると物凄く心臓に悪い。前回といい私に手厳しやしませんかね、神様。
「君だけは、他の人と違うと思っていた」
……買い被りすぎですよ。
相手の言葉に心中で発する。彼の中で私はどう映っていたのか知らないが私は普通の町娘だ。他の人と違うだなんてどこをどう見ていたんだろう。
「君は僕を騎士でもない、英雄でもない、剣聖の二つ名に興味を持たない、純粋な僕を見ていた。君を暴漢から助けたあの日、君は助けた相手が剣聖ラインハルトだと知って驚いていたようだけれど、それだけだった。……他の人は僕自身ではなく僕の肩書きにしか興味を持たないからね」
彼に伝心の加護があることを私は知らない。故に私は彼が何故、彼の背負うものに興味を持っていないのを知っているのか不思議でならなかった。
「……私を助けてくれたあの日。ラインハルトさんは仕事だからと仰ってましたけど本当は非番だったのでしょう? 後処理で休みを潰すことになっても私を見捨てず助けてくれました。あの日から私は、」
貴方に懸想していると言おうとして口を噤む。立場を弁えろ、私。
