第1章 二人が共に居れたなら
突如降ってきた声に、声にならない悲鳴を上げばっと後ろを振り向くと待ち望んでいた彼がそこにいた。
変わらない微笑みと真摯な双眸。嗚呼、いつ見ても麗しい……なんて現実逃避している場合じゃない。私の慎ましやかな逃走が何故バレた!? ラインハルトさんは私の姿を見ていないはず。背中に目でも付いているのか!? 怖い!
「生憎と僕の背中に目は付いていないよ」
「!!」
もしかして口に出ていたかと呆気に取られる私に彼は、そりゃあもう見惚れてしまうような顔で揶揄い過ぎたかなと笑った。なんだ、冗談だったのか。やけにタイムリーだったから驚いた。
「久し振りだね、ムメイ。元気そうで何より。いつも話し掛けに来てくれる君が珍しく来ないものだから気になって話し掛けてしまったのだけど驚かせたようですまない」
「い、いえ大丈夫です」
そう言葉を返しつつ私は心の中で歓喜に打ち振るえる。だって、あのラインハルトさんから話し掛けに来てくれた。今まではずっと私から話し掛けていたのに。これはどういう心境の変化なんだろう。否、きっと姿を見つけられる度飽き足らず話し掛けに来ていた顔見知りが今日に限って来ないから何かあったのかと純粋に心配しているだけだ。自惚れるな、私。
「なら良いんだ。……けど難しい顔をしている、僕に気付いて無視を決め込むのだから余程のことかな」
私がラインハルトさんに気付いて回れ右したのが彼にバレている。あはは、と暑くもないのに汗が浮かぶのを誤魔化すように乾いた笑いを上げれば、その笑みを見た彼が不意に私の手を取った。
「へっ?」
「何かあるのなら相談くらい乗るよ。……おいで、此処で話をすると目立つ。二人きりになれる場所を知っているんだ」