第1章 二人が共に居れたなら
前方に彼がいる。普段なら目視しただけで躊躇わず駆け寄るというのに今日はそんな気分になれなかった。無意識に歩みを止めていた足を一歩下げ体を反転させ元来た道をなぞる。
逃げて、しまった。今まで彼から逃げたことなんて一度もない。寧ろ私が追い掛ける側だった。彼の背中を必死に追い掛け時折歩みを止めてくれる彼の優しさに心を弾ませていた。会話の中で踏み込めない一定の線引きをされていたのを感じ取っていたから当たり障りのない会話しかしていなかったが彼と話せるだけで心は充足していた。
けどそのチャンスを今日、棒に振った。あの顔見せ以来に話せる日だったのに。最近忙しそうですね、という言葉を皮切りにそういえば王選候補者の顔見せ、私も見ましたよ! ラインハルトさん私がいたの気付いてくれましたー? なんて冗談交えつつお話出来るチャンスだったのに。
嗚呼、でもこの選択が正しいのかもしれない。王選があるから忙しいことこの上ないだろうし、私なんかに時間を取らせるわけにもいかない。少し寂しいけど徐々に慣れていこう。元から彼は私なんかじゃ届かない雲の上のお方。剣聖、騎士の中の騎士、英雄、スーパーヒーロー──。
「何か悩み事かな?」
「──っ!?」