第12章 昇格試験
スブレイズ公爵家の家紋入りの馬車に乗り込んで、ファンドレイはようやく気を緩めた。
団服の上着を脱いで、背もたれに体を預ける。
乗り合いの馬車と違って、ふかふかとした感触が逆に落ち着かない。
こんなところでもジョエルとの身分差を感じる。
『ジョエルと、お呼びになって』
彼女は確かにそう言った。
それがどんな意味を持つのか知らないわけではない。
特に女性からそんな風に言われれば、ほぼ間違いないことだ。
あのパルマンティエ公爵家の長男であるシドリアンと婚約していない、という事実はファンドレイにとって衝撃であった。
それと同時に、彼女が自分の思っていたような女ではなかったことに驚き、心に渦巻いていた怒りのようなものが消えた。
ジョエルはたかが子爵である自分で遊ぼうとしている、ふしだらな女だと思っていた。
だからこちらもそのつもりでいようとしていたのに、どんどん彼女に溺れていく。
それが腹立たしかった。
自分だけが夢中で、自分だけが彼女に執着しているのだと思えば思うほど。
(俺は……己惚れてもいいのか……?)
本来なら手に届かない彼女。
興味を持つことさえなかったのが何の因果か。
昇格試験で第一部隊へ行くことができたなら――。
ジョエルもそれを望んでいると思っていいのだろうか。
ファンドレイは自分の手のひらにできた剣だこをじっと見つめた。