第11章 花の散り時
「んっ」
グラスを傾け過ぎて唇の端から水が溢れた。
と、すかさずそれをファンドレイの指がさらっていった。
「あ……」
視線が、交差する。
グラスが手からするりと抜かれて、濡れた指が絡んでくる。
ぎし、とベッドが軋んだ。
「ジョエル様……」
近付く顔。
瞳を閉じる寸前、ジョエルは小さな声でしかし確実にファンドレイに聞こえるように言った。
「――ジョエルと、お呼びになって」
と。
はっとして彼は動きを止めたが、それも一瞬のことだった。
ジョエルはギュッと強く抱き締められて、降ってくる口づけに応える。
ちゅ、ちゅ、と啄むようなそれも、息さえ飲み込まれそうなほど激しいそれも。
待ち望んでいた行為に、ジョエルは溺れた。
「んっ……」
息が苦しい。
けれど離れたくない。
もっと深く繋がりたい。
不意に呼吸が楽になり、瞼を持ち上げればファンドレイと目が合った。
いつものごとくジョエルを睨むようなその視線に背中がぞくりとする。
「ジョエル……」
「……はい」
ただ、名前を呼ばれただけなのに。
どうしてこんなに嬉しくなるのだろう。
父や母が呼ぶのとは全然違う。
甘く、艶やかで。
毒のように心を痺れさせていく。
「あ……」
しゅるりと襟元のリボンが解かれる。
たっぷり入ったギャザーが開き、ファンドレイは頼りなく広がった生地に指をかけた。
社交場へ出る際よりもゆったりとしたコルセットをつけていることを思い出し、ジョエルはピシリと身を固くする。
(ど、どうしましょう、こんなときにこんなコルセットをつけているなんて…!)
ボタンで留めただけのコルセットは完全に部屋着用のものだ。
来客とはいえディナントのゲストで自分はすぐに引っ込もうと思っていたし、まさかファンドレイが来るとは思っていなかったジョエルは完全に油断していた。