第8章 売られた喧嘩~ファンドレイ視点~
そう。
彼女が、誘っているのだ。
ぷつん、と何かが切れた気がした。
ファンドレイは、はぁ…といつの間にか止めていた息を漏らす。
「ジョエル様――お一人で、男のいるこの場所に来られるということがどういうことか…わかっていらっしゃいますね…?」
「…えぇ、もちろんですわ」
「私が、子爵の身分ということも…?」
「それも存知ております。オーランジ子爵家の次男だとお聞きしましたもの」
ジョエルの返答に、ファンドレイの心が決まった。
(つまり…"遊ぶ"相手として。このパルマンティエ家のガゼボに、子爵出身である俺が一人でいることを知ってて来たってこと、だ)
婚約者がいない自分には、彼女を拒否する理由がない。
(なら…その遊びに付き合ったって、良い…よな…)
彼女に言い寄られて落ちない男など早々いないだろう。
自分もその中の一人を演じてしまおう。
思い切り睨み付けてみても、彼女はどこかうっとりとしたような様子でファンドレイを見つめ返してくる。
自分に酔っているのだろう、とファンドレイは思ったが、そんな毒のような彼女に自らも侵されはじめていた。
「わかりました…では――あなたの、意のままに」
ファンドレイはジョエルの左手を取り、手袋越しに口づける。
「ふぁ、ファンドレイ様っ?!」
驚いたようなジョエルの仕草は、さも自然で。
ファンドレイは可笑しく感じた。
「ジョエル様。ファンドレイ、とお呼びください」
ファンドレイは剣呑な目つきのまま、彼女に従うという意向を見せた。
「手袋を外しても…?」
直接彼女の手に触れたいと思った。
肘まで覆い隠すその手袋の下の彼女の肌は、これまで何人の男の目にさらされて来たのだろうか。
ファンドレイは生唾を飲み込みつつ、ジョエルが差し出した腕から手袋を取り去った。