第8章 売られた喧嘩~ファンドレイ視点~
もしかして、これは。
(あいつが言っていた…令嬢の"遊び"…?)
やっぱり、ジョエル・スブレイズという人物もそういう女なのか。
そして彼女は、その相手に自分を選んだとでもいうのか。
(――嘘、だろ?)
どうして、自分なんかに。
そう思っていると、ジョエルが上目遣いにこちらを見上げてくる。
「あの、ファンドレイ様」
「…私の名をご存知なのですか」
ジョエルに見上げられて、名前を呼ばれて。
ドキリとしない男がいたら、ここに連れてきて欲しい。
彼女がキツイ香水の匂いを振りまいていたらきっと違っただろう。
けれど、彼女からはほんのりと甘い香りがするだけ。
「ええ…先日は助けて頂いてありがとうございました。お礼を申し上げたいと思っておりましたの」
ジョエルはそう言って媚を売るように笑顔を見せてくる。
ファンドレイは渋面を隠すことも忘れて、彼女を見つめた。
どっどっどっと心臓が高鳴っている。
「――あなたは」
一体何を考えているんだ、と問い質したくなったが思いとどまった。
あの男が言っていたじゃないか。
『駆け引きを楽しむのさ。騙そうが騙されようが、楽しければ構わない』
面倒なことになるときもあるけれど、それは本人たちの失態だ。
そうならないようにあれこれ考えるのも楽しいものだ、と。
ジョエルもきっとそれだけだ。
別に相手が誰でも構わないのだ。
あのシドリアン・パルマンティエのパーティーで、その庭で、こうやって自分の気を引いて楽しんでいる。
自分の美しさを十分理解し、利用しているだけなのだ。
そこでようやく、ファンドレイはジョエルの腕をずっと掴んでいたことに気づいた。