第6章 嫉妬の炎
シドリアンが初めてジョエルを見たのは、彼女が社交界デビューしたその日だった。
彼女の母親もとても美しい人だ、という話は聞いていた。
だから、スブレイズ公爵家の令嬢を一目見たい、と思う者はとても多かった。
シドリアンもその一人だった。
両親に連れられて、シャンデリアの輝く下へ現れた彼女に目を奪われた。
(美しい…)
それ以外に、なんと言えばいいのか。
シドリアンには思いつかなかった。
艶のある黒髪と、深い深い青色の瞳。
同年代の少女達は皆浮き足立っていたが、彼女は緊張しているのかニコリとも笑わなかった。
まるで気高い一輪の華であるかのように、ジョエルはただやってくる人々の挨拶を受け入れ、淑女の礼を返していた。
ただそれだけなら、ここまでシドリアンも彼女に熱を上げたりはしなかっただろう。
何となく、シドリアンは会場を後にするジョエルをこっそり追いかけたのだ。
馬車への道中、ジョエルがスブレイズ公爵夫妻と話しているのが聞こえてきた。
『どうだったかしら』
『…疲れたわ』
『ふふ、初日だものね。仕方ないわ』
『…手を洗いたいわ』
『手を?』
『…気持ち悪いの。沢山の人が、ここにキスしてきて』
ジョエルは心底嫌そうに自分の手の甲を何度もドレスに擦り付けていた。
シドリアンは、そのときの彼女の顔が忘れられない。
その日以降、ジョエルは長い手袋を嵌めるようになり、そして無表情でいることもなくなった。
いつもいつも、何があっても微笑んでいる。
だから余計に、またあの嫌そうな顔が見たかった。
きっとあれが、彼女の素顔なのだとシドリアンは思っている。
(私には、いつか…微笑みという仮面を取った貴女を見せて欲しい)
それが、一目惚れした瞬間だった。
(一体誰が)
ジョエルのドレスの紐を解いたのか。
彼女の唇はすでに奪われているだろう。
いや、唇だけではない。
純潔さえも。
この、パルマンティエの屋敷内で。
(許さない)
シドリアンの心がどろりととぐろを巻いた。