第6章 嫉妬の炎
スブレイズ公爵家の侍女が、あんな結び方をするわけがない。
(一体誰だ?! 誰が、彼女に?!)
俯いたシドリアンの顔が憤怒に満ちる。
ジョエルがシドリアンの元を去ってから、ここに戻ってくるまでの間。
彼女はどこにいた?
誰といた?
(どうして、私じゃないんだ…!!)
これまで、どれだけの時間彼女を見てきたか。
彼女に気持ちを伝えてきたか。
シドリアンは整えていた金色の髪をぐしゃぐしゃと掻き毟る。
ジョエルがまだ十代だった頃は、本当に苦労した。
彼女に近づく者を排除するのに随分と骨を折ったのだ。
求婚さえさせはしないと、シドリアンは公爵家の力を存分に使った。
お陰で、彼女を狙っていた者のほとんどは片付いた。
無理矢理に縁談をまとめ、相手の女に様々な方法で自分を売り込め、と指示した。
何年もかけて、ジョエル・スブレイズに見合う男は自分しかいないという状態まで持ってきたのだ。
もちろんその間にもジョエルに近づこうとする輩は後から後から沸いてきた。
社交場では可能な限りジョエルの隣にいるようにして、新参者や下位の者を牽制もした。
王族の方はどうしようかと気を揉んだが、そこはどうやら彼女の方からお断りをしたようでシドリアンは胸を撫で下ろした。
シドリアンは両親からいくら結婚をせっつかれても、ジョエル以外考えられない、と頑として首を縦に振らなかったのだが。
(もっと早く手を打つべきだったか…?)
無理矢理にでも、既成事実を作るべきだったのか。
けれど自分は、彼女の心まで欲しい。
贈り物や手紙は勿論、言葉だって尽くしてジョエルを振り向かせようとしてきたのだ。
それなのに。
(ジョエル様は、私を見て下さらない)
ジョエルがシドリアンのことを何とも思っていないことは分かっている。
けれど、彼女のことは諦められない。
忘れられないのだ。
たった一度だけ見た、本当の彼女の顔が。