第6章 嫉妬の炎
「ジョエル様、一体どこにいらっしゃったのですか」
思わず非難するような言葉がシドリアンの口から漏れた。
ジョエルとはたった一曲しか踊れていないのだから、それくらい言いたくもなるだろう。
「シドリアン様。ご心配をおかけしてしまったようで…少し酔ってしまったので、休んでおりましたの」
酔ってしまった、という一言にシドリアンは一瞬だけ眉を顰めた。
彼女の言葉を、そのまま鵜呑みにしてしまうべきか否か。
ジョエルはそれほどお酒に弱いというわけではなかったはずだ。
女性が「花摘みに」「酔ってしまったので風に当たりたくて」と口にするとき、それはその場を逃げたいと思っていることがほとんどだ。
シドリアンは「そうでしたか」とにっこり笑顔を見せたものの、心の中は荒れていた。
いつもならこんなにも長時間戻ってこないことなどなかったのに。
何か得たいの知れない何かが、背後に忍び寄っているような気がしてならない。
いつもと何かが違う。
けれど、それが何かなのか分からない。
「本日はお招きいただきありがとうございました」
「いつでもお待ちしております」
シドリアンは淑女の礼を行うジョエルの手を取った。
「あ…!」
手袋越しに甲に口付ければ、ジョエルの手がぐっと硬直した。
「ジョエル様…?」
「あ、いえ…何でもありませんわ」
「…次は、ぜひ二人きりでお会いしたいですね」
「……では、御機嫌よう」
「貴女の夢に、私が現れることを願います。良い夢を」
「…良い夢を」
ジョエルの後ろ姿を見送る。
彼女が馬車に乗り込もうとしたそのときに、気づいた。
(あれは……)
彼女のドレスの背中の編み上げの紐が、おかしい。
蝶々結びが不恰好に縦に歪んでいた。
(まさか)
いつもなら、ギッチリとキツく締められているドレスの背中が、少し緩いように見えた気がする。
パタリ、と閉められた馬車の扉をこじ開けて確かめに行きたいという衝動に駆られた。