第5章 売られた喧嘩
これまで沢山の人がこうやってジョエルの前にかしづいてきたが、嬉しいと思ったことなど一度もなかった。
それが、ファンドレイだと全然違う。
「ふふ」
思わず笑みが零れた。
「ジョエル様。同時に戻っては関係を怪しまれます。私が先に行きますので、しばらく経ってからお戻り下さい」
「…あ…えぇ、そうですわね。わかりましたわ」
そういうことか、とジョエルは思った。
確かに、子爵の息子であるファンドレイと公爵令嬢である自分が一緒に中庭から戻ってくる、というのは醜聞が立つかもしれない。
しかも、ここはジョエルに求婚をしているシドリアンの屋敷だ。
そんなところでジョエルが男とガゼボで時間を共に過ごしていたとしたら、ファンドレイにどんな火の粉が降りかかるかわからない。
「それでは…失礼いたします」
騎士の礼をして、ファンドレイは颯爽と去って行く。
一度も振り返ってくれないし、歩くのがとても早い。
(…名残惜しいのは、あたくしだけなのね…)
想いが通じたと思ったけれど、恋とはこういうものなのだろうか。
ショールを体に巻きつけて、ジョエルは自分の唇に触れた。
(手ではなくて…こちらに、して欲しいだなんて…)
ファンドレイの熱い口づけも、吐息も。
あの眼差しと同じくらいジョエルを惑わせる。
さっき別れたのに、もう会いたい。
(今日は、眠れそうにないわ)
ジョエルは両手で頬を押さえてため息を漏らした。