第5章 売られた喧嘩
「――これくらいで大丈夫ですか?」
「…もう少しだけ、きつくても大丈夫ですわ」
「…このくらいでしょうか」
「ええ…」
ファンドレイにドレスの背中の編み上げを締めてもらう。
少々キツく締め上げられても平気だったが彼には加減がわからないようで、もう少し、と言ってはみたもののほとんど代わり映えのない締め付け感だった。
ちょっと心もとない気もするが、仕方ない。
お開きの時間も近いのでジョエルは問題ないだろうと判断した。
「立てますか」
「えぇ、ありがとうございます」
足に力が入らなくて、少しフラついた。
けれど、歩けないわけじゃない。
これ以上ファンドレイの前で失態を晒すのも嫌で、ジョエルはぐっと堪えた。
その横でファンドレイもスッと立ち上がって上着を羽織り、襟元を正し始める。
もう屋敷の中に戻ってしまうのか、と残念に思ったジョエルだったが、差し出されるであろう手を待った。
「ではジョエル様。お先に失礼いたします」
「え……」
驚いたことに、彼はジョエルを置いてさっさとガゼボを出て行こうとする。
「お、お待ちになって…!」
「…何か?」
当然エスコートされるものだと考えていたジョエルは、ファンドレイの思いもよらない行動に目を白黒させた。
「あ、あの、ファンドレイ様…」
「…ファンドレイ、で構いません」
「あ…そう、でしたわね」
好きな人を呼び捨てにするのはどうにも抵抗があるが、彼が望むのならば仕方ない。
「今度は…いつ、お会いできますかしら」
「――ジョエル様がお望みになるのなら、いつでも」
冷たいと感じる視線。
あれだけ熱っぽく自分を見つめてくれていたのに、この差はなんだろうか。
ジョエルはきゅうっと胸が締め付けられるような思いになった。
「では…お手紙を差し上げても…?」
「もちろん…お待ちしております」
ファンドレイが手袋の上からジョエルの手の甲に口づけてくれた。