第5章 売られた喧嘩
「ご、ごめんなさい…あたくしとしたことが…先日からお恥ずかしいところばかりお見せしてしまって」
穴があったら入りたいとはこのことか、とジョエルは思った。
いつもならこんな失態など繰り返さないのに。
はぁ、と大きなため息が聞こえてきて、ジョエルは肩を強張らせた。
(迷惑がられてるに違いないわ…)
「ジョエル様――お一人で、男のいるこの場所に来られるということがどういうことか…わかっていらっしゃいますね…?」
ファンドレイが険しい目をしてそう言う。
ジョエルはその意味がよくわからなかったが、わからない、と言って頭の悪い女だと思われたくはなかった。
「え…えぇ、もちろんですわ」
「私が、子爵の身分ということも…?」
「それも存知ております。オーランジ子爵家の次男だとお聞きしましたもの」
一体何が言いたいのだろうか、と思いながらジョエルは答えた。
それよりも、この体勢だ。
結局、さっきまでとほとんど変わらず、ジョエルはファンドレイの膝の上に乗るような形になっていた。
「わかりました…では――あなたの、意のままに」
ファンドレイはジョエルの左手を取り、手袋越しに口づけてきた。
「ふぁ、ファンドレイ様っ?!」
驚いて声を上げると、彼はチラリとジョエルを見た。
その視線にドキリとしたのも束の間。
「ジョエル様。ファンドレイ、とお呼びください」
「えっ…」
告白もしていないのに、想いが通じたのだろうか。
もちろん、彼は自分よりも身分が下なので、呼び捨てることもないわけではない。
けれど、自分からそのように進言するということは、あなたを慕っていますよ、という意思表示なのだと――ジョエルは誰かがそんな話をしていたことを思い出す。
そう、シドリアンはいつも呼び捨てて構わないと言ってくる。
ジョエルは嬉しくなった。
こんな急展開、絶対おかしいはずだと普段のジョエルであれば気づいたであろう。
「手袋を外しても…?」