第5章 売られた喧嘩
「えぇ…酔い覚ましに…」
一瞬だけ目を伏せて、再びファンドレイを見れば彼はあのときのように目を細めた。
このままでは、ドキドキしすぎて眩暈を起こしそうだ。
ジョエルは名残惜しいと思ったがいつまでもこの状態ではいられない、と右手でドレスの裾を払おうと思った。
けれど、ジョエルの右腕は未だにファンドレイに掴まれたままだった。
「あの、ファンドレイ様」
「…私の名をご存知なのですか」
「ええ…先日は助けて頂いてありがとうございました。お礼を申し上げたいと思っておりましたの」
そう言って笑顔を見せても、彼は相変わらず渋い顔をしたままだ。
(ど、どうすればいいのかしら、腕が…)
ジョエルは困ってしまった。
離して、と一言言えばいいだけなのに、それができない。
見つめあったままの時間が流れる。
「――あなたは……」
ファンドレイが何か言いかけたが、それは言葉にはならなかった。
代わりに、やっと右腕が解放された。
「不躾な真似、申し訳ございません」
「い、いえ…あの、少しお手伝いいただきたいのですが…」
足元でぐちゃぐちゃになったドレスの裾を指差して、ジョエルは小首を傾げる。
「……では一度、あちら側に体を捻っていただけますか」
「ええ」
ファンドレイの指示に従って、ジョエルが体の向きを変えると、彼が左手を伸ばしてドレスの裾を持ち上げた。
そのとき、一瞬彼の動きが止まったような気がしたけれど、ジョエルは何とも思わなかった。
巻き込んだ裾を整えてから、ファンドレイはジョエルの膝の裏に左腕を入れて、右腕で背中を支えてグイ、と持ち上げる。
空いた隙間から、ファンドレイはジョエルの下敷きになっていた自分の足を引き抜こうとした。
「あっ」
力が入らないような体制で持ち上げられるとは思っていなかったジョエルは、びっくりしてファンドレイにしがみついた。
「ジョエル様…」
咎めるような声に、ジョエルはハッとして手を離した。