第5章 売られた喧嘩
これまで、ジョエルは人前では頑なに手袋を外さなかった、外したくなかった。
けれど、ジョエルはすんなり頷いて手袋をファンドレイが取り去ってしまうのを許してしまった。
(あ…手袋が……)
心のどこかで「なんてことなの?!」と言う自分がいるのはわかったが、琥珀色の瞳が自分をじっと見つめていると思うと抵抗する気さえ起きなかった。
肘まであった手袋の下から、白い肌があらわになる。
ファンドレイはジョエルの手の甲に、今度は直接唇を押し当てた。
その部分から、ぞくりと何かが体の中を走るような感覚に陥る。
ファンドレイはジョエルの手のあちこちに口づけた。
左手の甲から始まり、第一関節の間の窪み一つ一つ。
一本一本の指、そして爪にも唇を落とされた。
彼の唇はもちろん、ジョエルの左手を下から支える彼の手は優しかった。
「んっ…」
気づけば右手も彼に囚われていて、手首の内側にちゅ、とキスをされてジョエルは我慢しきれずに声を漏らす。
手への口づけだけなのに、ジョエルのドキドキのメーターは振りきっていた。
「ジョエル様…」
ファンドレイの顔が近づいてくる。
何をされるんだろう、とぼーっとしたまま彼を見つめる。
鼻先がくっつくほどに近付いたとき、ファンドレイがまた眉を顰めた。
「……?」
「ジョエル様は、目を閉じぬ方がお好きですか?」
「えっ…い、いえ…」
一瞬何のこと?と思ってジョエルは首を振ったが、すぐに理解した。
(ど、ど、どうしたら…?!)
内心パニックのジョエルだが、ファンドレイはそれに気づくわけもない。
それなのに、微かに彼に笑われたような気がした。
(な、なんだか馬鹿にされたような…? あ、あたくしだってやろうと思えばできますのよ…!)
確か――目を閉じて、ほんの少し首を傾げて顎をわずかに突き出して、向こうからのキスを待つ。
そういう風に、母が父に対してしていた気がする。