第5章 売られた喧嘩
いきなり起き上がったファンドレイにも、腕を掴まれたことにも驚いたジョエルは反射的に半歩後ずさろうとした。
しかし、ガゼボの床板の隙間に踵を取られてバランスを崩しそうになる。
「おいっ…!」
それに気づいたファンドレイは、ぐいっと掴んだジョエルの右腕を引っ張った。
「ひゃっ」
気づいたときには、ジョエルはファンドレイの胸に飛び込むような形になっていた。
(な、な、な、なんですのっ?!)
パリッとしたシャツの感触が頬に伝わって、ジョエルは慌てて体を離そうとする。
しかし、ベンチに体を起こした状態のファンドレイにしがみ付いたため、足元は長いドレスの裾を巻き込んでしまっていて立つことができなかった。
「ご、ごめんなさい…!」
余計に焦ってしまい、ジョエルはジタバタと腕を動かそうとして、まだ右腕をファンドレイに掴まれたままだったことに気づく。
「あ、あの…?」
醜態を晒してしまい、ジョエルの顔はもう真っ赤だ。
それでもこの状況では顔を上げざるを得ないだろう。
ジョエルはじっとこちらを見つめているであろうファンドレイを恐る恐る見上げた。
「――ジョエル、様…?」
どうしてこんなところに?とでも言うような訝しげな目が、ジョエルを捉えた。
「あ……」
琥珀色の瞳の中に、自分が見える。
今、彼の視界には自分しかいない。
それを知ったジョエルは、何とも言い難い胸のザワつきを覚えた。
嬉しいような、苦しいような。
それでいて、ゾクリと背中を撫でられたような。
(やっと、会えた……)
ほぅ、と嘆息しながらもジョエルはファンドレイから目を離さない。
ファンドレイの眉間の皺が深くなる。
「――こんなところに…お一人、ですか?」
耳に響く声が、ジョエルの記憶よりも随分低くて驚いた。
ゆっくりと言葉を選んで発せられたように思われるその質問に、ジョエルは用意していた答えを口にする。