第5章 売られた喧嘩
ステップを踏みながらも、シドリアンはジョエルに話しかけてくる。
相槌を打つこともあれば、答えを返さないこともあるけれど、それはいつものこと。
ジョエルはいつにも増して心ここにあらずだったが、シドリアンは気づかなかったようだった。
淑女の礼をして、ジョエルの手が一旦シドリアンから離れる。
と、すぐに誰かに手を取られジョエルは驚いて振り返った。
(だ、誰ですの…?!)
男の手にしてはずいぶん小さな手だ、と思えば。
「プレイラ…?」
ジョエルがびっくりしているのも構わず、プレイラがシドリアンに断ってジョエルをその場から連れ出した。
本来なら公爵であるシドリアンから伯爵令嬢のプレイラがジョエルを奪うことはご法度だが、彼は二人が親しい友人であることをよくわかってくれているから出来ることだった。
「ジョエル様…ダンスなんて踊っている場合じゃありませんことよ?」
「でも…」
「パルマンティエ公爵のご子息ですからね、お断りできないことは十分承知しておりますわ」
「……」
プレイラが扇子で音漏れを防ぎながら、ジョエルの耳元で囁く。
「ファンドレイは中庭に行きましてよ」
ジョエルはぴくりと肩を揺らしてプレイラを見れば、彼女はこくりと頷いて見せた。
「で、でもあたくし、どうすれば…」
「ジョエル様、こちらをお飲みになって?」
「あ…」
いつの間に受け取ったのか、ジョエルの手にはワイングラス。
「酔い覚ましに来たとそのままおっしゃればいいのです」
「…………頑張りますわ」
ジョエルは意を決して、グラスの中のワインを全て飲み干した。
「シドリアン様はこのプレイラにお任せ下さい」
ふふふ、とお互い小さく笑みを交わしてジョエルは花摘み――お手洗いに行く振りをして一旦会場を出た。
馬車に置いていた大きなショールを羽織ってから再び会場に入る。