第5章 売られた喧嘩
彼女たちは少しでも気に食わないことがあると、ジョエルやプレイラの目の届かないところであることないこと、大きな尾ひれのついた話をするのだ。
プレイラ以外にほとんど友人のいないジョエルは、お高く留まっていると陰で言われることも多かった。
別段気にはしないのだが、交友関係の広いプレイラがそれをどこかで聞きつけてきて大層怒るので、ジョエルはそのようなことがないよう、当たり障りない対応を心がけているのだが。
(疲れますわね…)
ひっきりなしにやってくる人、人、人。
(ファンドレイ様はどこかしら…)
もしくはプレイラがいないかとジョエルがきょろきょろとしていると、シドリアンがもう戻ってきた。
手にはシャンパンを持っている。
「ジョエル様、どうぞ」
「…お気遣い感謝いたしますわ」
「――どなたかを、お探しでしたか」
「え? いえ…」
「私なら愛しい方にそんなお手間を取らせぬよう、いつもお傍から離れませんよ」
「…ふふ。シドリアン様の妻になられる方が羨ましいですわね」
「愛しい方と言うのは、あなたのことですよ?」
「……」
シドリアンの視線を受けながら、ジョエルはシャンパンに口をつける。
言葉に困ったら、笑顔とシャンパン、が逃げ道だ。
『でも飲みすぎには注意よ』
いつかのプレイラの言葉が思い出される。
お酒を嗜むようになった初めの頃に比べて、逃げ道として頼ってきたお陰か随分お酒には強くなったと思う。
飲んだ後にダンスを二曲ほどなら踊っても平気なほどに。
「ジョエル様、失礼いたします」
そう言ってシドリアンがジョエルの手からグラスを取り、すぐ傍に控えていた給仕に渡す。
と同時に、音楽隊がワルツを奏で始めた。
(まぁ…用意周到ですわね…)
「踊っていただけますか?」
「…ええ」
給仕が音楽隊に合図を出したのだろう。
シドリアンが主催であるからこそできることだ。
断ることもできず、ジョエルはシドリアンと向かい合った。