第5章 売られた喧嘩
パルマンティエ公爵家に到着して馬車を降りるなり、ジョエルは一人の男に声をかけられた。
「ジョエル様。ようこそ我が屋敷へ」
「――シドリアン様。わざわざお迎え頂きましてありがとうございます」
金色の髪とアメジストのような紫の瞳を持つ彼は、シドリアン・フィロソフ・パルマンティエ・グレイアース。
グレイアース領を治めるパルマンティエ公爵家の長男である。
ジョエルから見ても彼はとても綺麗な顔立ちをしており、垂れた目が優しそうだと多くの令嬢が心を寄せている。
けれどシドリアンはジョエルが気に入っているようで、彼女がいるとわかれば必ず声をかけてきた。
今日は自分の屋敷が会場ということもあって、彼はさも当然とばかりにジョエルの手を取り、エスコート役を買って出てきた。
手袋越しに、彼の手の暖かさが伝わってくる。
それに僅かな嫌悪感を抱きつつも、ジョエルはニコリと笑ってシドリアンについて行った。
(我慢するのよ、ジョエル。中に入るまでの辛抱だもの…!)
中に入れば、主催側である彼はジョエルの元を一旦離れるはず。
父や母の顔に泥を塗るわけにはいかないのでジョエルは極めて公爵令嬢らしく、ほんの少し顎をツンと上げる。
開かれた扉の中へ、足を踏み出した。
「ジョエル様、ご機嫌よう」
「御機嫌よう」
「本日もジョエル様は大変お美しくていらっしゃる」
「まぁ、ありがとうございます」
「素敵なドレスですわね」
「お褒め頂けますと母も喜びますわ」
「ジョエル様。こちらはわたくしの弟で――」
シドリアンが他の招待客の元へ足を向けた途端、ジョエルに声がかかる。
ジョエルとお近づきになりたいと思うのは、何も男だけではない。
彼女と仲良くなろうと令嬢達もやってくる。
男嫌いのジョエルにとって、それは願ったりなこと、ではなかった。