第15章 華に焦がれる ~side ファンドレイ~
本当にこの男は、どこかで見ているかのようなタイミングで現れる。
背中に嘘だろうと言いたくなるようなワインのシミを作ってきたディナントにマールは声を上げて驚いた。
悪びれなく謝る様子に、ファンドレイも一緒になってため息をつく。
それから気を取り直したマールはディナントの肩からするりと上着を抜き去って、キラにこう言った。
「お嬢様。どうぞ慎みをお忘れなく」
そうして、ディナントはまんまとマールを連れて行くことに成功したのだった。
去り際にファンドレイに意味ありげな視線を寄越して。
(余計なことを……)
チラリとジョエルを見れば、彼女と目が合う。
「……」
「…お部屋はここですわ」
数秒の沈黙の後、ジョエルが扉を示す。
そうして何の迷いもなくその取っ手に手をかけようとしたので、ファンドレイは慌てた。
「中に…部屋に、入るのか」
彼女の手を掴んでそう言えば、驚いたようにジョエルがこちらを見上げてくる。
この状況が分かっていてとぼけているのか。
スブレイズ公爵にもあの侍女にも釘を刺されている身としては、そう簡単に部屋に入れるわけにはいかない。
これだけお預けを食らってきて、ここで二人きりになったら理性は持たないに違いない。
正直なところ、いつ下半身が勝手に動き出してしまうかと心配になるほど――さっきの口づけは激しかった。
ここが最後の防波堤なのだ。
「一歩でも中に入ったら……簡単には出られなくなる」
「それはどういう意味で」
「わからないのか?」
ジョエルの背後から扉に手をついて、左右どちらにも逃げられなくする。
それでも微動だにしない彼女に腹が立ってきて、ファンドレイはそのまま腰に腕を回した。
「抵抗しないのなら、このまま部屋に入るぞ」
「そ、それは意地悪ですわ」
「それはこっちの台詞だ」