第14章 華に焦がれる
「はいはい。それじゃ婚約発表できますね。ではあちらへどーぞ」
ジョエルの両肩に手を添えてディナントがバルコニーからぐいぐいと連れ出すものだから、ジョエルは足元をふらつかせながら歩きだす。
ファンドレイはその後をついて行った。
ディナントが向かう先で待ち受けていたのは、マラドスとカトリアーナ。
「遅かったわね。待ちくたびれてしまったわ」
「待っていただなんて…そんなこと知りませんわ。それに、いきなり発表だなんて…」
大仰な仕草でふぅ、と肩を下ろす母にジョエルは心の準備ができていないと困惑した表情を見せる。
「心配することなんて何にもないわ。ぜーんぶ私達に任せなさいな。あなたは彼の隣りでにっこり笑っていればいいのよ」
「全部とは――」
何だか嫌な予感がして口を挟もうとしたジョエルだったが、できなかった。
父が音楽隊が響かせる美しい音色を止めてしまったからだ。
途端に、ダンスは止まりガヤガヤとしていた談笑もピタリと消えた。
おほんおほん、とわざとらしい咳払いの後に始まったジョエルの婚約発表。
「今宵、我が娘ジョエルの婚約が成立した」
父の言葉にどよめきが起こるも、ファンドレイは最初から知っていたようで、何の迷いもなく前を見据えている。
自分だけ蚊帳の外だったのか…と拗ねつつも、ジョエルは隣に立つ彼の横顔に見惚れた。
力のこもった目元、すっきりとした顎のライン。
そういえば、暑苦しい父と違ってヒゲは濃くない気がする。
そして柔らかな唇――。
(い、いけませんわ、こんなときに思い出すなんてっ)
先程の熱のこもった口づけが鮮やかに蘇り、ジョエルは思わず頬を手で覆った。
ファンドレイに出会ってから自分がどんどんはしたなくなっていくようで、これが皆の言う恋なのかと思うと男女二人寄り添っている姿を直視するのが恥ずかしくなってしまった。