第14章 華に焦がれる
その瞬間、ぎゅっと力強く抱き締められて。
ジョエルも負けじとファンドレイの背に回す腕に力を込める。
募る想いに息が苦しくなって。
何度泣いただろうか。
再び溢れそうになる涙を堪える。
「本当は、すぐに会いに行くつもりだった」
ジョエルの頭上からため息を漏らしつつ、ファンドレイは弁解を始めた。
昇格してすぐ、実家から呼び出され帰ってみれば縁談の話が複数来たとのことで両親が大興奮していた。
そしてそこへスブレイズ公爵家から夜会の招待状まで来たものだから、男爵であるオーランジ一家はびっくり仰天の大わらわ。
聞けばスブレイズ公爵家の娘と逢瀬を重ねているとファンドレイが言うものだから、この招待状は嘘偽りなく婚約者候補としてのもの。
その場での失態など許されない!!と気合いの入った両親――主に母親――に夜会でのマナーとダンスを一から叩き直されたのだった。
「まぁ…」
彼の母親には会ったこともないけれど、厳しそうだが素敵な人のような気がする。
ファンドレイがダンスの練習をしている様子を思い浮かべたら、なんとも微笑ましくてジョエルの涙も引っ込んだ。
「あたくしのため、でしたのね」
素直に嬉しいと思う。
他の人とのダンスで、あれほど心から楽しく踊れたことなどなかった。
いや、これまで一度もダンス自体が楽しいと思ったことがなかった。
けれど。
「ダンスは苦手だ」
「とてもお上手でしたわ」
「…なら、練習した甲斐があったな」
「ええ、もちろんですわ」
「……」
「……」
不意に訪れる沈黙。
ここには、二人きり。
ファンドレイがジョエルの手を取り、跪いた。
そしてその手の甲に口づけて。
「ジョエル・スブレイズ様。私、ファンドレイ・オーランジの妻になっていただけますか」
いつもと同じあの鋭い瞳がジョエルを見つめる。