第14章 華に焦がれる
「ジョエル様」
背後から聞こえた声。
真っ暗になった眼前に灯る琥珀色が、ジョエルを夜会の喧騒へと連れ戻す。
(ファンドレイ、様)
振り向くのが怖い。
彼の隣に誰か居たら。
(でも)
会いたかった人がすぐ後ろにいる。
どうしよう――。
ジョエルは心がはやるのを抑え、ゆったりとした動作で振り向いた。
目に飛び込んできたのは、真っ白な騎士団の正装。
肩口に縫われたリボンは一番隊であることを示す深い青。
鈍色の髪の毛の、彼。
「あ……」
琥珀色の眼差しが、ジョエルをまたあの日のように鋭く貫く。
彼の隣には誰もいなかった。
目が合ってから、ふと逸らされて気付いた。
その視線が少し下がったところで止まることに。
(やっぱり胸がお好き、なのね)
プレイラの言葉が脳裏をよぎる。
自分のこれは武器なのだ。
「第一部隊への昇格、おめでとうございます」
ほんの少し身をかがめて、わずかに両脇を締めて胸を強調する。
そして自らファンドレイに左手を差し出した。
その行為は、「あなたを待っていたのよ」という意思の表れ。
これまでとは違うデザインのドレスがジョエルの気持ちを強くしていた。
普段なら必ず手袋を嵌めて、決して直に触れさせない手をジョエルが晒している。
迷わずその手を取り、口づけるファンドレイに周囲はざわめいたが、ジョエルにはもう彼しか目に入らなかった。
「遅くなってしまい申し訳ございません。スブレイズ公爵に先程お許しを頂いてきました」
そう言ってファンドレイはジョエルの左手を握ったまま、空いた手で彼女の腰に触れる。
まずは一曲ダンスを、というサインだ。
ここ数年はシドリアン以外と踊ったことがない。
彼はとてもダンスが上手くて、ジョエルは何も考えることなく身を任せていた。
ファンドレイはどんな風にリードしてくれるのだろうか。
ダンスが苦手と言われても驚きはしないけれど。